サラダに、パスタに、スープに。今や私たちの食卓になくてはならない存在のトマト。
今でこそ真っ赤なトマトは美味しそうに映りますが、実はヨーロッパへ広まった16世紀頃は、食用ではなく「観賞用」として育てられていたのをご存知ですか?
今回は、かつて恐れられていたトマトがいかにして世界中の食卓を彩る大躍進を遂げたのか、その数奇な歴史の物語をご紹介します。
美しすぎるがゆえの誤解。観賞用だった200年間
なぜ?真っ赤なトマトが「悪魔の実」と恐れられた理由
トマトがヨーロッパに広まった当初、当時の人達はその真っ赤な実に「毒性があるのでは?」と疑っていました。自然界にはあまりなかった強烈な赤色だったことや、毒草である「ベラドンナ」に姿が似ていたことなどから、一部では「悪魔の実」と呼ばれ、長らく食用ではなく「観賞用」として扱われていたのです。

食べるのはタブー。長かった観賞用の時代
「悪魔の実」などと呼ばれた影響は大きく、トマトが食用となるには長く時間がかかりました 。
実際に、ヨーロッパに広まってから約200年もの間、人々の口に入ることはなく、もっぱら観賞用として育てられてきたのです 。現在、私たちが当たり前のようにトマトを美味しくいただいていることを考えると、信じられないような歴史ですよね。
飢えが変えた運命。イタリアから世界への大躍進
18世紀、ついに「食材」としての扉が開く
そんなトマトに、ついに食用となるチャンスが訪れたのは18世紀のことでした 。
きっかけは、決して華やかなものではありません。当時のイタリアの貧困層の人々が、食べ物が十分になかったために「仕方なく」トマトを食べたのが始まりだと言われています 。生きるためのやむを得ない選択が、トマトの歴史を動かしたのです。
食卓に欠かせない存在になるまで
恐る恐る食べてみたところ、実は美味しいということが分かり、ここからようやく食用として認知されるようになりました 。
その後、イタリアを拠点にして広まり、ケチャップなどの加工品も生まれ、世界中の食卓へと一気に普及していったのです 。
歴史のロマンを感じながら、極上の一粒を。
かつて「悪魔の実」と恐れられた赤い果実は、長い年月と人々の偶然の出会いを経て、今や私たちの食卓に欠かせない主役へと大躍進を遂げました。
そんな数奇な運命を辿ってきたトマトに、現代の私たちがさらなる情熱を注ぎました。極限まで甘さを引き出したこの一粒を口にすれば、かつての先人たちもきっと驚くはずです。「悪魔の実」と呼ばれた時代からは想像もつかないような、私たちが育て上げた至高の甘さを、ぜひ一度ご賞味ください。
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